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これが私の歩む道/KIKUのあゆみ

KIKUばぁことKIKU代表・久保 隆 (2005.3.11)

※わたくし顔が「千と千尋の神隠し」に出てくる「湯ばぁば」に似てるので、仲間からは「湯ばぁば」「KIKUばぁ」と呼ばれています。

1998年 ダライ・ラマ法王と初めての出会い 

6年前の6月に、ダライ・ラマ法王にお会いできるという、夢のようなお話が飛び込んできました。きっと一生に一度しかお会いできないだろうと思い、周りの人達に無理をお願いしてインドに向かいました。

本当はダラムサラの宮殿でお会いする予定だったのですが、法王様のお帰りが一日遅れ、私達の謁見の時間が無くなってしまったのです。しかし龍村和子さんの強い働きかけにより、デリーのホテルでお目にかかれることになりました。

デリーのホテルにて猊下は見るからにお疲れの様子だったのに、私達の顔を見てにこやかに「よく来たね。」と言ってくださいました。みんなひとつだけ質問してよいと言われていたので、私も一生に一度と思って質問をしてみました。そのころ一番悩んでいた疑問を紙に書いて龍村修さんにお渡ししました(すると一番最初に、しかも「久保さんからの質問」と私の名前まで言ってくださってびっくり)。

「菩提心で人に接する時、相手が悪い人だったらどうすれば良いのですか?」

法王様はちょっとお考えになって、「そのことに答えるには今日は時間が無いので、『Healing Anger』を読みなさい」と仰ったのでした。

TCVを訪問する

 このあとダラムサラのTCVに行き、子供達の悲惨な現状に心を痛めて帰って来ました。帰国後、さっそくチベットサポートグループKIKUを作り、里親支援を始めました。
探していた本『Healing Anger』はまだ見つかっていませんでした。

TCVにてTCVにて
TCVを訪れたときの様子。子供たちの元気さに感動しました。

 そのうち和子さんに、法王様から「12月にブッダガヤで法要があるから来なさい」との連絡がありました。またお会いできる!との想いで、再度インドへと向かいました。

 仏陀の遺跡を廻って法王様に再度の謁見が叶いました。テンジン・ゲーシェさん他、半年ぶりなので顔を覚えていていただき気軽にお声を掛けていただく始末です。法王様も同じような雰囲気で声を掛けていただきました。そのあとサルナートの寺院に行き、ふと入口で法王様の笑顔の表紙の本を取り上げたら『Healing Anger』!(日本語でも2003年に訳が出ました。邦題は『ダライ・ラマ 怒りを癒す』講談社)

2003年・ダライ・ラマ法王来日公演@国技館

 その後何度か日本での講演会や、ブッダガヤのカーラチャクラで法王様を拝見していましたが、2003年の来日前に、「法王様が来日講演される場所を探して欲しい」という話が飛び込んできました。その年の5月、チベット語ケルサン先生に習っていた時に両国で宿泊したのを思い出し、「国技館」で出来たらすばらしいなと思いつきました。だめもとで友人と問い合わせてみたところ「教育講演ならOK」ということで、なんと決定! 法王事務所もセキュリティーがしっかり出来ると大満足のようでした。

 そのころチベット難民支援のグッズの試作(Rさんデザインの携帯ストラップ)が出来上がりました。この講演会には若者がたくさん来て、きっと買ってくれるから、大至急で作ってとダラムサラのマリアさんにストラップの制作をお願いしました。

 会場ではものすごい人気。グッズはほとんど全部売れて収益金が約60万円にもなりました。

支援グッズの売上げで、心臓病の少女を救う!

 マリアさんに収益金をどこで役立てるか調べてもらいました。すると、ダラムサラの難民受入センターに、緊急で心臓手術が必要な女の子チョドンちゃんという11歳の女の子がいるという話が飛び込んできました。KIKUからの支援金が、ちょうどその手術代に相当する金額だったので、即決で彼女への支援を決定しました。

チョドンちゃん不安から食事もろくに取っていなかったそうですが、手術を受けられると聞いて食事を取るようになり、元気になって無事に心臓手術を受け、この前10月にTCVで元気な様子で会うことができました。

2004年、TCVを再度訪問

 話が前後しちゃったけど、私の里子ツェタンが、シャイな子で手紙もあまり書かないのに、1月に2度も手紙をくれて2004年のTCV創立記念日には会いたいから、是非来て欲しい、というので6年ぶりだし行こうかなと思っていました。

 2004年6月「チベタン・スマイル」でジェツン・ペマさんが初来日しました。木内みどりさん、ケルサンさんのお計らいにより、TCVを支援する里親とジェツン・ペマさんとの会見が実現しました。ジェツン・ペマさんの「10月に来て下さい。私が案内するから」とのお言葉で、一気にダラムサラへ行く事に決めました。これは自分だけじゃなく他の里親の方たちも入れたツアーで行きましょうと声をかけたのですが、突然のことなので日程が調整できず、里親の方たちからは子供達へのお土産を預かる事になりました。(→2004年度のツアー詳細はこちら

 いっしょに行ったのはいつもチベット支援で協力してくれる仲間&チベット大好きな方&村上先生のお知りあい&今回始めて海外に出る女子高校生。インドに着いたら「ワー!牛が道を歩いてる!」の驚きに始まってワイワイと賑やかな旅。ダラムサラの入り口に近づき、チベタンのおじさんとすれ違いに「タシデレ!」と挨拶したとたん、懐かしさが込み上げて来て涙が止まらなくなってしまいました。Rさんに「ゆばあば、泣いてたでしょう!私でさえぐっと来たから!」とすっかり見透かされてましたね。

 さっそくTCVへ行き、車がゲートを通り過ぎて広場まで入っていったら、うちの子が後ろから走ってきて、思わず抱きしめてしまった。待ちきれずゲートまで迎えに来てたって。

 里子ひとりひとりにお土産を渡すと、どの子もはにかみながら満面の笑顔で受け取ってくれました。セクレタリーのツェンキーさんにお母さんは来ないのと聞かれちょっと辛かったな。

 ナムギャル寺の朝の勤行の気持ちよかったです。ゲシェ・ダワさんの判りやすい法話も良かったですね。みんなにゲシェ・ダワへの質問を前もって聞いておいて良かったです。人間付き合いに悩んでいた女子高校生もゲシェ・ダワの「菩提心」「慈悲」についてののお話を聞いて、大きな気付きがあったようです。あとで手紙をくれました。

 「インドに行ってからずっと『感謝』することを忘れずにしていたらいろんな人に『変わったね』とか言われるようになりました。さそっていただいたおかげです。ありがとうございました。これからもっとちがう自分に出会いたいです」って年賀状くれました。

 10月24日、TCV創立記念日の日。子供達はどんなことを見せてくれるんだろうと心うきうき。きれいな色とりどりの民族衣装、TIPAの歌と踊り、目の前を法王様が上ってこられました。その法王様を称える5才以下の子供達の意外なほど大きな声の歌(そういえば庭で大きな声で練習していたね)聞いているうちに涙が出てきました。いっしょに歌ってたら、マリアさんに「知ってるの?」って。エアロビクスの音楽に乗って子供達がかわいく踊るのも良かったです。

再び法王と謁見

 子供たちの踊りを見て気持ちよくしていたら、謁見があるからこちらへ、という声でTCVゴンパのほうへ歩き始めました。今までは龍村和子さんの後ろにくっついての謁見だったのに、今日は自分がトップでお話すると思うと胸がバクバク!マリアさんに寄り添って、どうしようって震えていました。マリアさんは冷静で、久保さん、法王様に何を話しされますか?と聞かれたので、「6年前にお会いした時に、法王様が『日本に純粋にシンプルなチベットサポートグループがあると良いね』と仰ったので、小さなサポートグループKIKUを作って里親やタンカ絵師の生活支援をしてきました。」とご報告をしたいと伝えました。

謁見中 謁見が始まってすぐにマリアさんから法王様に、早口のチベット語で伝えていただきました。報告を聞くと法王は「THANK YOU VERY MUCH。ところで、KIKUってどういう意味?」と聞かれたり、久保の名刺に書かれたチベット語を見て「ここのチュシェの字、ひとつ間違っているけど、まぁマイナーな間違いだから問題無い!ノープロブレム!ハッハッハ!」と大きな声でお笑いになりました。私は「ごめんなさい」とチベット語で頭を下げました。右がその時の写真。本当に微笑ましい記念になりました。

「上」からの・・・

 今こうして思い出してみても、はじめての謁見が一番だったことへの縁のつながりは、本当にすばらしいと思う。先に書いた縁以外にも、もちろんマリアさんとの奇跡的な縁や7年前からのS.Tさんとの縁、その繋がりでのT.Tさんの今回のご縁、等々。本当にすべての事が繋がっていて「因があるから果がある」ことをつくづく感じました。良い因を一生懸命積んでいると、良い果が現れてくると最近思います。

 なんだか「上」から、誰かの言葉を通して通じてくるような気がして、村上先生もこれを「サムシング・グレート」と言われいますが、その村上先生とも最近良くお会いするようになりました。

里子と。「上」は私にこんなことをしてくださった。TCV創立記念祭のあと、ツェタンに何故か会えなくて、このまま会えずに帰るのかなぁとゲートを出た辺りで、あんなに良い天気だった空模様が急に悪くなり、にわか雨が降り始めました。
マリアさんが家まで歩けるから行こうって言ってくれたけど、でも久保さんは疲れているみたいだし止めた方がいいね、ということになって、みんなはマリアさんちへ向かい、僕はOさん夫妻となんとなく雨の中タクシーを待っていたら、ゲートからツェタンが走って出てきた!「もう〜、上はここまでにくい演出をされるのか!」。

 そのとき撮っていただいた写真が左の写真です。これからも精進して良い因をたくさん積んで、みなさんと良い果を得られるようにしたい。とつくづく思う、還暦を迎えたゆばあばでした。

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